映画『国宝』のVFX ── 日本最高興収の実写映画を支えた映像制作の舞台裏

©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」制作委員会 | ©SHUICHI YOSHIDA/ASP ©2025 "KOKUHO" Film Partners

Spade&Co.が語る、Nuke/Nuke Studioを中核とした制作ワークフロー

社会現象的なヒットを記録した映画『国宝』。華やかな歌舞伎の舞台を背景に、芸の世界に生きる人々の美と苦悩を繊細に描き出す本作は、一瞬の光や色、空気の揺らぎに至るまで丹念に紡がれた映像によって、日本の伝統文化に宿る神聖さと儚さを静かに浮かび上がらせる。李相日監督の緻密な美意識とVFXチームの確かな技術が融合し、圧倒的な映像美と深い余韻を生み出している。 

本作のVFXメインベンダーはSpade&Co.。同社はNukeおよびNuke Studioを中核とした統合ワークフローのもと、撮影現場で監督が築き上げた演出意図を忠実に引き継ぎながら、映像として昇華させた。本作の制作について、VFXスーパーバイザーの白石哲也氏に詳しく話を伺った。

Still from Kokuho

『国宝』VFXの出発点 ── “光と空気の美しさ”をどう受け継ぐか

「李監督の撮影現場では、美術・照明・構図・質感のすべてに強いこだわりが感じられました。その“光と空気の美しさ”をどう受け継ぐかが、VFXチームとして最も大切なテーマでした」と白石氏は語る。 

Spade&Co.が担当したのは、歌舞伎劇場のセットエクステンション、観客CG、時代設定に合わせた街並みの再現、登場人物の老化表現、心情を映すイメージショット、そしてラストシーンで主人公・喜久雄が辿り着く幻想的な世界のルックづくりなど、多岐にわたる。 

Still from Kokuho

リアリティを基盤としつつ、実写だけでは表現しきれない質感や空気感、空間のニュアンスをVFXで補完することを重視した。「単にCGを加えるのではなく、実写の世界観を壊さずに拡張していくことを意識しました。VFXを“感じさせない自然さ”と“映画的な美しさ”を両立させることができたと思っています」と白石氏は振り返る。 

Nuke Studioを中心に構築した統合ワークフロー

『国宝』のVFX制作は、撮影後のポストプロダクション期間に約半年をかけて行われた。 Spade&Co.を中心に、国内外の複数スタジオが緊密に連携し、全体で80名を超えるアーティストが参加。すべてのショットをNuke Studioを中核とした統合ワークフローで一元管理しながら制作が進められた。 

Nuke Studio上でショットコードやテンプレートを全ショット共通で管理し、ファイル命名規則や出力パス、カラースペース設定、クオリティチェックなどを自動化。アーティストごとに設定を変更する必要がなく、ヒューマンエラーを最小限に抑えることができた。「命名規則やテンプレートは全ショットで共通化し、Nuke Studio上で一元管理しました。出力設定やカラースペースの指定も自動で反映されるため、個人差によるミスが減り、作業効率が大きく向上しました」と白石氏は説明する。 

共通テンプレートの導入により、アーティストの個々のスキルに左右されない安定した品質を維持できるようになり、誰もが迷わず制作に臨める環境が整った。その結果、アーティストは技術的な管理作業から解放され、より創造的な表現に集中できるようになった。 

VFX breakdown from KokuhoVFX breakdown from Kokuho

さらにAutodesk Flow Production Tracking (Flow PT、旧 ShotGrid)との連携により、各アーティストは自分にアサインされたショットの進行状況を即座に把握し、レビューや修正指示のやり取りもスムーズに行えるようになった。Pythonを用いて独自にカスタマイズしたツールにより、Nukeスクリプト上でFlow PTの情報を直接確認できるようになったほか、作業データのアップロードも共通ツールのツールに集約。これにより、ファイル間の齟齬や重複を防ぎ、制作から納品までを一貫して管理できる体制が確立された。 

こうしたワークフローの統合と“管理の自動化”によって、制作の効率化が図られただけでなく、アーティストが本来の表現により集中できる環境が整えられた。

繊細な空間演出とライトコントロール

制作終盤では、劇場内のセットエクステンションにおいて大きな課題があったという。「終盤の劇場シーンでは、当初想定していた3Dレイアウトを合成すると、空間が狭く見えてしまうという指摘が監督からありました。しかしスケジュールやコストの都合上、3Dを再構築することは現実的ではありませんでした」と白石氏。 

VFX breakdown from Kokuho
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そこでチームは、既存の3D素材に対してNukeによる2D/2.5D処理を駆使して再レイアウトを調整。監督の意図するスケール感と奥行きを再現することに成功した。 

「監督の思いや物語の意味として非常に重要なシーンだったので、何度も試行錯誤を重ねました。最終的には、より一層の没入感を感じられる仕上がりになったと思います」と白石氏は語る。

VFX breakdown from Kokuho
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また、劇場シーンの照明はライトごとにパス分けして出力し、Nuke上で光のバランスを自由に調整できるようにした。これにより、監督からの「客席側の光をもう少し落としたい」といった要望にも即座に対応可能となり、レンダリングをやり直すことなく、光と空気の微妙なニュアンスを突き詰めることができた。

こうしたライトコントロールの柔軟性が、舞台特有の空気感や照明のリアリティを高める鍵となった。

VFX breakdown from Kokuho
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Nukeによる品質と効率の両立 

本作では、ACESとOCIOを用いたカラーマネジメントを採用して、作業時・監督レビュー時・最終グレーディング時の見え方の差異を解消した。各アーティストのモニター環境も統一することで、色味やトーンの差異を最小限に抑え、工程全体で一貫したカラーマネジメントを実現。 

レビュー工程はNuke Studioのタイムラインに集約され、ショット管理とレビューを一体化。これにより、タイムライン再構築の手間を大幅に削減し、Flow PTとの連携によって修正指示やステータス反映も即座に行えるようになった。「統一されたカラーマネジメント環境のもと、品質を最後まで高いレベルで維持することができました。管理工数も抑えられ、グレーディングチームへの納品までが非常にスムーズになりました」と白石氏。 

Still from Kokuho

さらに、AI/ML機能やPythonツールも積極的に活用され、「CopyCatCatteryなどのNukeのAIツールで、人物マスクやDepthマップを効率的に生成し、色調整や空気感の調整に役立てています」と語る。

Nuke内では、メタデータの自動付与やファイル管理を含む自動化の仕組みを整備し、柔軟かつ汎用的な制作環境を構築した。さらに、NukeとFlow PTを連携させることで、両ツール間で情報のやり取りをスムーズに行えるようになり、ツールを行き来することなく作業を完結できる、効率的な運用を実現している。

進化するコンポジットの未来を支えるNuke

「Nukeの最大の強みは、柔軟なスクリプト構造と正確なカラーマネジメントをチーム全体で共有できる点です」と白石氏は語る。「これによって、効率的かつ柔軟にプロジェクトへ対応できます」。

Still from Kokuho

また、3D Gaussian Splattingなど新技術との連携にも意欲的だ。白石氏は、制作現場における表現の進化を見据え、次のように語る。「2Dと3Dの垣根を越え、より効率的かつ高品質な表現が求められていく中で、Nukeがその中心で進化していくことを期待しています」。

情熱が結実した、総合芸術としての『国宝』VFX

最後に、白石氏はこのプロジェクトをこう振り返る。「熱意を持って良いものを作れば必ず届くということを、ここまで強く実感した作品は初めてでした。撮影現場で監督・役者・スタッフの情熱と妥協のないこだわりを肌で感じ、その想いをVFXとして引き継いで、やり切ることができたのは大きな経験になりました」。

VFX breakdown from Kokuho

特にラストシーンで喜久雄が辿り着く“今まで見たことのない美しい風景”は、監督との綿密なディスカッションとNukeを駆使した繊細な調整の積み重ねによって生み出されたものだ。

「完成試写でエンディング曲とともにそのシーンを観たとき、VFX・音楽・演出が一体となった総合芸術としての美しさに心から感動し、この作品に関われて本当によかったと強く感じました」と白石氏は語る。その言葉には、映像づくりに懸けるチームの情熱と、VFXという技術の先にある“表現の力”を信じる確かな想いが込められていた。

Nukeの最新アップデートについて詳しくは、Nukeの機能詳細をご覧ください。