『デッドプール&ウルヴァリン』:Framestoreが手がけたVFX制作の舞台裏

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巨大プロジェクトを支えた複数スタジオの連携力

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)初のR指定作品となる『デッドプール&ウルヴァリン』は、圧巻のVFXが満載の一作だ。その中でFramestoreは450以上のショットを担当し、主要ツールとしてNukeを活用。強力なツールセットを駆使して、複雑なプロジェクトの中で驚異的なエフェクトを作り上げた。さらにNukeは、他のVFXベンダーとのアセット共有を円滑に行うためのパッケージングツールとしても活用され、マルチベンダー体制での制作を支えた。

FramestoreのVFXスーパーバイザー、Matthew Twyford氏に、『デッドプール&ウルヴァリン』で驚異的なVFXがどのように生み出されたのか、その舞台裏をうかがった。

Wolverine & Deadpool on street surrounded by explosion sparks

ウルヴァリンの復活を彩る冒頭シーン

映画冒頭の印象的な導入シーンは、Framestoreが手がけた重要なシークエンスのひとつだ。このシーンの課題は、非常に暴力的でグロテスクな内容を、観客が楽しみながら自然に受け入れられるように演出することであった。チームは映画の原点であるコミックブックの表現に立ち返り、バレットタイムや早回しといった速度変化を編集に取り入れることで、各ショットがまるでコミックの1コマのように見える演出を目指した。また、エフェクトシミュレーションアーティストによって、フレームごとに血しぶきが飛び散るようなダイナミックな描写が加えられた。

Deadpool fighting in the snow from opening sequence
Wide shot of aftermath of Deadpool's battle from opening sequence

デジタルで生成された血しぶきや破片が雪景色の中を舞うこのシーンは、見た目以上に複雑な構成になっている。スタイライズされた表現とリアリズムのバランスが求められた。

「映画シリーズで培われたスタイルをベースに、原作コミックの力強い構図やフレーミングのエッセンスも取り入れました」とTwyford氏は説明する。

長回しで描かれる壮大なアクションシーン

Framestoreが手がけたもうひとつの重要なシークエンスが、長回しで描かれる壮大なバトルシーンだ。制作を指揮したTwyford氏が「管理の難易度が桁違い」と語るこのシーンは、200ショット・5,800フレームにわたって構成され、1,000件を超えるアーティストの作業によって支えられている。

Wolverine and Deadpool walking side by side

このシーンは、イギリスの名門スタジオであるパインウッド・スタジオ内の屋外セットで撮影され、ニューヨークを模した街並みが再現された。2階建ての建物はポストプロダクションで上方向に拡張され、通りも地平線の彼方まで延長されている。11月から12月にかけて行われた屋外撮影では、イギリス特有の変わりやすい天候の影響で、ほぼすべてのショットで光の加減や天気が異なっていた。

「Nukeの2Dチームにとって最大の課題は、すべてのプレートを、あたかも同じ瞬間にアクションが起きているように見せることでした」とTwyford氏は言う。

Behind the scenes on The Oner city street shot
Behind the scenes on The Oner city street shot showing blue screens for set extensions

この長回しのアクションシーンには、数百ものスタントが盛り込まれていた。撮影時には、通りの大部分にクラッシュマットが敷かれ、頭上にはスタント用のリグが吊り下げられていたため、それらが映像に映り込んでしまっていた。そのため、Nukeを使った大規模なクリーンアップ作業が必要となった。

Nukeを活用した複雑なシーン構築

実写のキャラクターとCGキャラクターが切れ目なく繋がるように見せるため、両者の境界部分では高度なブレンディング処理が求められた。チームは、都市の遠景や建物の描写にデジタルマットペインティングを用い、カスタムメイドのスカイドームと投影マッピングを施した球体を組み合わせて活用した。

Complex fight choreography from The Oner featuring Deadpool corps

「CGキャラクターと違和感なく馴染ませるために、2Dカードにリアルな影や反射を作り出す、ちょっとした工夫が必要でした」とTwyford氏は説明する。

「私たちは、ブルースクリーンで撮影したキャラクターを2DカードとしてCG環境に配置できる群衆レプリケーションシステムを備えています。『デッドプール&ウルヴァリン』では、群衆キャラクターを専用に撮影し、3Dジオメトリをベースに、Nukeのパーティクルシステムを使って配置しました」。

Deadpool Corps against blue screen

信号は3Dでレンダリングされたあと、Nukeのプロシージャルプログラミングによって制御され、実際の交通ルールに則った動作が再現されており、信号機として実際に機能するよう設計されている。また、異なるユニバースから集結した多数のデッドプールで構成される「デッドプール軍団」は、主に実際のセットで撮影された。

膨大なデータへの対応

このワンカットで構成された大規模なアクションシーンでは、処理すべきレイヤーが数千に及んだ。このシーンの制作には、4名のフルタイムのコンポジターが9か月にわたって携わり、さらに20〜30名のコンポジティングアーティストが不定期でさまざまな作業を担当した。膨大なデータの管理を伴うこのプロジェクトは、コンポジットにおいてきわめて大きな挑戦となり、大規模かつ複雑なスクリプトを扱えるNukeの柔軟性と処理能力が欠かせなかった。

The Deadpool Corps

またチームは、Nukeのディープコンポジティング機能も活用した。「すべてのCGレンダーからディープデータを標準で出力しているため、アーティストはディープ合成を使うかどうかを自由に選べます」とTwyford氏は話す。「ディープデータは、3Dアセットや2Dアセット、プレートが1つのショット内で前後に入れ替わるような複雑な構成でも、正確に合成できる非常に強力なツールです」。

ドッグプールのルック制作

Framestoreは、ドッグプールのルック表現の仕上げにも貢献した。ドッグプールは、デッドプールのミニコスチュームをまとった無毛の小型犬というユニークなキャラクターで、「イギリスで最もブサイクな犬」という不名誉な称号を持つペギーという犬が演じている。ゴーグルの奥に見える誇張されたCGの目はFramestoreが制作したもので、ほんの少しアニメ風に強調されている。ペギーは撮影現場で素晴らしい演技を見せてくれたため、必要なショットのほとんどは実写で撮影することができた。CGによる目元の演出は、キャラクターとしての存在感をいっそう引き立てている。

Dogpool with visually enhanced eyes

また、Nukeを使ったコンポジットチームの手によって、CGと実写プレートが自然に馴染むよう丁寧に合成され、リアルな質感を保ったままアニメーションの細かな調整も施された。

“タイムリッパー”シーンの構築

クライマックスを飾る“タイムリッパー”シーンには、キャラクターの体が糸のように引き伸ばされて崩れていく独特の消失表現が登場する。この演出は、Framestoreがドラマ『ロキ』シーズン2のために開発した視覚効果をもとにしたものだ。

「マーベルは常に新しいビジュアル表現を探し求めています」とTwyford氏は話す。「とはいえ、スタジオには膨大な過去作品という歴史ある遺産があるため、それを大切にしながら新たな要素とうまく融合させ、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)全体の世界観として一貫性のある仕上がりにする必要があります」。

Cassandra in Deadpool & Wolverine time ripper sequence
Cassandra disintegrating in Deadpool & Wolverine time ripper sequence

特殊効果をふんだんに盛り込んだ“タイムリッパー”シークエンスでは、まったく新しい表現が求められ、チームには、さまざまな環境やキャラクター、小道具にわたって、幅広いクリエイティブな裁量を託された。マーベル映画の第3幕にふさわしく、さまざまな要素が一気に押し寄せる展開となり、VFXアーティストにとっては非常に大きな挑戦となった。“タイムリッパー”は、長回しを主体とした前半のシーンとは対照的に、非常に短いカット割りで構成されており、中にはわずか4〜5フレームしかないショットも含まれている。

さらにこのシーンを複雑にしているのが、登場する3人のキャラクター──カサンドラ、デッドプール、ウルヴァリン──がいずれも再生能力を持っているものの、その効果の現れ方がそれぞれ異なるという点だ。

Wolverine in time ripper sequence

Twyford氏によると、皮膚の下で燃えるような演出や、ひび割れ、発光、熱を帯びたような表現など、ウルヴァリンに関するエフェクトの多くは、まずNukeを使った2Dチームによってベースが作られ、その後3Dチームが立体的な処理を加えて、さらに完成度を高めていったという。「私たちはこれまでも、Nukeのようなコンポジットツールやアーティストの力を活かし、数多くの新しいルックを生み出してきました」。

Nukeを活用したスムーズなアセット共有

本作は、まさにスタジオ間の連携によってつくられた作品で、いくつかのシークエンスには複数のVFXベンダーが参加している。物語の冒頭を飾る印象的なシーンでは、なんと4つの異なるスタジオが分担して作業を手がけた。Framestoreもまた、世界5拠点のスタジオが連携し、このプロジェクトに取り組んでいる。『デッドプール&ウルヴァリン』のような大規模プロジェクトでは、複数のスタジオが関わるマルチベンダー体制がますます一般的となっており、アセットをスムーズに共有できる仕組みの重要性も高まっている。

Matthew Twyford, VFX Supervisor, Framestore: “What everyone loves about Nuke is that it's a sandbox that enables you to build and create amazingly powerful ideas. Nuke is our go-to tool — we're so familiar with it, it's like an old friend.”

「制作現場がますますコラボレーティブになっている今、これはすべてのスタジオが目指すべき方向だと私たちは考えています」とTwyford氏は言う。

「私たちは、独自の要素をすべて基本的なデータ単位に変換できるNukeスクリプトを使って、他のVFXベンダーとアセットをスムーズに共有できるようにしています。この仕組みが非常にうまく機能しているため、今ではNukeを“パッケージャー” (アセットをまとめて共有するためのツール)として活用し、データの受け渡しに活かしています。ジオメトリ、カメラ、ロト、プレート、LUTといったあらゆる要素を、ひとまとめにして共有することができます。しかも、どのベンダーもNukeを使っているため、共有された内容を誰もが正確に理解できるという利点もあります」。

Nukeが支えるFramestoreのクリエイティブワークフロー

Framestoreのパイプラインに欠かせないツールであるNukeは、この非常に複雑なマーベル作品を、Framestoreならではの高いクオリティで完成させるうえで、大きな役割を果たした。「『デッドプール&ウルヴァリン』は、これまで携わってきた中でも特に楽しく、チーム全体が思いきり創造性を発揮できた作品でした。」とTwyford氏は言う。「Nukeが多くのアーティストに支持されているのは、驚くほどパワフルなアイデアを自由にかたちにできる“サンドボックス”のようなツールだからです。Nukeは私たちにとってなくてはならない定番ツールで、長年使い慣れている頼もしい存在です」。

「Framestoreでは、コンポジターたちがクリエイティブの中核を担う存在です。VFXスーパーバイザーの半数以上が元コンポジターという背景もあり、どこまで表現を広げられるかを深く理解しています。そうしたチームにNukeのような柔軟なツールを託すことで、私たちは表現の可能性をさらに押し広げることができるのです」。


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